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ネジ巻き事件簿

精神的肉体的社会的側面から見た事件史。

絶歌~終章.お前の負けだ~

熊沢は
ミネラルウォーターをガブガブ飲んで一息ついたようだった。


「携帯電話もインターネットも普及してなかった当時に医療少年院入り、
ようやく出所したら
世の中やツールが
とんでもなく変わっていた。


それでもバブルの残骸で何とか暮らして行けた。


そこで
セカンドインパクト並みの衝撃が起こります」


「…………確かに9.11とかあったけど」


リーマン・ショックと東北大震災です。


バブルの残り物が全て流されてしまった。

派遣切りが日常になり
日雇いの仕事も減る。


それまでは

日雇いの仲間の悲惨な生活や
懸命な働きぶりを見て慰められていた。


『罪を犯してなくても
自分より不幸な人間がたくさんいる』


ここでもAの選民思想
何とな~く、漂ってますが。

それがさらに悲惨な経済状態を強いられるようになる」

 

 


社長はスルリと聞いた。

 

「つまり、手記の出版は、金が目当てか?」

 

「身バレの危険性を犯して
そのせいで家族にも余波が来るかもしれない。

どうしてだと思います?」


「……………………Aだけではないな。
金を目当てにしてるのは」

 

 

熊沢はやはり淡々と言った。

 

 

 


「Aの両親は老いています。


病気で治療と看護、
老いで介護、
が必要なのかもしれない。

 

なにより
A自身が
後2、3年で35歳になる。

バイトや派遣で雇われにくくなる年齢です。


さりとて定職に就くのも難しい。
就いたら就いたで
ビクビク生活しなくてはならない。


出所後、沈黙を保っていられたのは
過干渉な母親から離れて
何とか一人で生きていけたからでしょう。


経済的困窮が続くと

 

 

 

 

 

 

 

また、ストレスがたまりますよ」

 

 


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「それで再犯したら
今度はリンチに近い目に遭うな。
例え、傷害や窃盗でも」


社長は両手を組んで
前に伸びをした。

 

熊沢は畳み掛けるように言った。

 

「だから、
うちでの出版は避けた方が良いんです。


他の
プライバシーをガチガチに守ってくれて、
アングラなテーマの本を売るのに強い出版社なら
数百万、
いえ、数千万円の印税も稼げるでしょう。


大きく広告も打てないまま、
大して手記が売れなかった場合、
自分の最後の『商品』、

『凶悪事件の加害者』

って事ですが、
Aを更なるストレスに追い込む。


大手出版社でヒットしたらしたで、
この母親が掠め取ろうとするかもしれない。


けれど
お金さえあれば
逃げ続ける事は出来る。


『社会に居場所がない』


とか
みんなよく言いますが
ウンコする時はトイレ行くでしょ。

居場所なんて
あります。


罪悪感を一生抱えて生きて行くのが贖罪かどうかは分かりません。


ただ、
被害者の家族に補償は出来る。

 

だから手記で稼ぐのは結構。

 

稼げない時は

 

 

 

 

 

 

どうなるんでしょうね」

 

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社長は
深々とため息をついた。

 

 

 

「うちでは見送ろう。
出したい所は他にもあるだろし。


ただなぁ…………」

 

「何でしょうか」

 

「どうして

『人を殺してみたい』


って思うガキが減らないんだろうな。

それこそ、
バーチャルで済ませられないのか?

写真や動画もあるのに」

 

 

「『どうして人を殺しちゃいけないの?』

という子供の質問に
Aは


『理由は分からない。
けれど、後で自分が苦しむから』


と、答えてます。


ふざけてませんか?


私は自分の子供に同じ質問されたら

『下らない事、かんがえてんじゃねえよ』

と一喝しますね。

 

自分が感じる
美味しい楽しい嬉しい、
同じ人生の喜びを
他人から勝手に奪う、
その事自体が悪い事です。

 

『ヒトの一生には価値などないのではないか?』


と考えるのは自由ですが
その人の人生に
価値を与えるかどうかは
その人自身です。


宗教やイデオロギー
人は戦ったりしますが
これも価値観の押し付け合いが行き過ぎた結果でもあります。

 

公共の道路、
例えば、
歩行者天国でウンコする人がいない。

常識だし
『やってはいけない事を、
やってはいけない』

人はどこかで学びます。


同様に
他の人の命を奪ってはいけません。


あの頃は子供だった、
それが分からなかった。

 

それなら私も理解できます。


Aはやっぱり、
どこかで分かっていないんじゃないんでしょうか。

引用が多いのは
語るべき自分や
自分の言葉がないから。

それを大きなリスクを犯して出版するのには
私は反対です」

 

 

 

社長は立ち上がった。

 

 

 

「大変、参考になったよ。

どこが出版するのか
どういう反響があるのか
あるいはないのか、
行く先を見てはみたいけどね。

 

熊沢君は
ヒトの一生に意味があると思う?」

 

 

 

小窓から差し込む西陽に照らされて
熊沢は
にっこり微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「意味なんて、ありません。

 

 

 

 

 

人生、命、

 

 


これは神からの
一回限りの賜り物です」

 

 

 

 

 

 

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ヒミズ(4) (ヤングマガジンコミックス)

 

〈終わり〉


追記・永山則夫
Aの少年審理が始まった朝、
死刑執行されました。

 

長々としたブログを
読んで頂き
本当にありがとうございます。