ネジ巻き事件簿

精神的肉体的社会的側面から見た事件史。

津山三十人殺し~1.夜這い編~

歯痛で死にそうな……もう、あっちこっち体にガタが来ている千葉県某所より
おこんばんは。

とある事件について調べていたのですが
この事件がある有名な事件に似ていると思い、こっちも調べました。

そう、有名過ぎるくらい有名な
「津山事件」。

「祟りじゃああああ~っ!!」

で、一世を風靡した「八つ墓村」です。

横溝先生の小説は実際の事件とは違い
「祟りが凶行の原因」
とゆーオカルトになっていますが
津山事件は実際のいろんなトラブルが重なった上での凶行……としか言えません。
加害者も自殺してるし事情をよく知る被害者もほとんどが亡くなってるし。
真実は、言い換えれば「核心」は
「何がトリガーを弾かせたのか」
は分からないままだと思います。

よく挙げられている要因に
「田舎の農村部での『夜這い』という風習が一因」
と書かれている本がたくさんあります。

まず、結婚に関してなんですが
日本は「未婚のままで亡くなったら可哀想」と
架空の結婚をしてる絵馬を奉納したり
人形を花嫁に見立ててる「幽婚」が有名です。

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言い換えれば
「適齢期を過ぎて未婚の人間は未熟者」
と地域のコミュニティーからハブられてたのではないかと思います。

それと台湾の道教の影響も少なからずあると思います。
お葬式で紙の六文銭を棺に入れたりするのは道教の考えで、
仏教ではないんですね。

台湾では若くして女性が未婚のまま亡くなった場合、
「赤い封筒」
を道端に置きます。

中にはお金と故人の髪の毛。

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なーんにも知らないで拾って開けると
家族が一気に出てきて
取り巻いて結婚式(多分、法的には無効の)をするそうです。


私の住まう市内のとある神社に
ミニ富士山があって
それを登ると地域がお金を貸してくれたそうです。
で、そのお金で富士山に行ってたそうです。
登山、はしてたかどうかは分かりませんが
富士山に行くのが、大切なんです。

「富士山も行けない(経済力のない)男は結婚しちゃダメ!」
てなのが理由で
互助会みたいな形で婚活させてたんですね。

肝心の「夜這い」ですが
「地域の女性は、その地域の男性の共有物」
という側面と、余所者から守るために囲っていたのですが、
合理的な側面もあって
「結婚生活が始まってから失敗しないように」
とゆー言わば「トライアル」でもあったそうです。

いきなりですが、

ブータンでは今も夜這いがある

んです。
さすがに首都では禁止だそうですが。

津山事件の頃には国が夜這いの習慣を根絶しようとして事件のあった界隈は
「教化地域」
に指定されています。

戦争に行ってる間に浮気されてると兵士の士気をそぐし
公営の場所で(遊郭とか)お金を使って欲しいてな思惑も感じます。
とは言え、
狭い村でフリーなナイトライフだと子供が生まれても誰の子か分かんなくなるので
それと近親婚を避けるためにも
嫁入りはよそへ行く
貰う場合はよそから嫁いで来てもらう
と一応のルールがありました。

それと夜這いそのものに不文律の決まりがあります。

地域ルール、ファミリールールがありますから一概に言えませんが、

1.あらかじめ根回ししておく(手紙や伝言で「今夜、行くよ」とか)

2.侵入しても、家族が灯りをつけたらアウト。てか退場。

3.一応、お菓子やら何かお土産を持って行くとベスト。

4.場合によっては先着順。

5.一応、女性側の同意が必要。

夜這いを認めない、てのは
その女性が幼いとか病気だとか
配偶者が嫉妬深いとか
何らかの、しかし、それなりの理由があります。

んで、
津山事件の加害者・都井睦男ですが
あの娘とヤッた、この人妻もヤッた
とあちこちで吹聴し遺書にまで実名名指しで書いたりしてますが、これは本来はルール違反です。

それと、なーんとなくですが
「実際にエッチを拒んだ女性も多かった」
んではないかな、と。

たいていの男衆は
それが日常なんでワザワザ嬉しそうに話す事もないです。

だから、あちこちで吹聴して廻る必要があった、
それは都井の村人へのコンプレックスと自己卑下から来るのではないかと思います。

事件調書を読むと
根回しなし、アポなし突入したり
金品で関係を迫ったり
末期の頃は猟銃で脅したり、夜這いで恐喝やレイプは
やっちゃいけない行為なんですよ。

何が彼をそうさせたのか。

病気と、実は複雑な家庭環境
そして、この二つから来る青年期が見えて来るのですが
取り合えず、名探偵は出て来なかったのでした。


夜這いの民俗学・夜這いの性愛論

夜這いの民俗学・夜這いの性愛論

ツバキ(2) (シリウスKC)

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ミステリーの系譜 (中公文庫)

ミステリーの系譜 (中公文庫)


いつも読んで下さってありがとうございます。


 

絶歌~終章.お前の負けだ~

熊沢は
ミネラルウォーターをガブガブ飲んで一息ついたようだった。


「携帯電話もインターネットも普及してなかった当時に医療少年院入り、
ようやく出所したら
世の中やツールが
とんでもなく変わっていた。


それでもバブルの残骸で何とか暮らして行けた。


そこで
セカンドインパクト並みの衝撃が起こります」


「…………確かに9.11とかあったけど」


リーマン・ショックと東北大震災です。


バブルの残り物が全て流されてしまった。

派遣切りが日常になり
日雇いの仕事も減る。


それまでは

日雇いの仲間の悲惨な生活や
懸命な働きぶりを見て慰められていた。


『罪を犯してなくても
自分より不幸な人間がたくさんいる』


ここでもAの選民思想
何とな~く、漂ってますが。

それがさらに悲惨な経済状態を強いられるようになる」

 

 


社長はスルリと聞いた。

 

「つまり、手記の出版は、金が目当てか?」

 

「身バレの危険性を犯して
そのせいで家族にも余波が来るかもしれない。

どうしてだと思います?」


「……………………Aだけではないな。
金を目当てにしてるのは」

 

 

熊沢はやはり淡々と言った。

 

 

 


「Aの両親は老いています。


病気で治療と看護、
老いで介護、
が必要なのかもしれない。

 

なにより
A自身が
後2、3年で35歳になる。

バイトや派遣で雇われにくくなる年齢です。


さりとて定職に就くのも難しい。
就いたら就いたで
ビクビク生活しなくてはならない。


出所後、沈黙を保っていられたのは
過干渉な母親から離れて
何とか一人で生きていけたからでしょう。


経済的困窮が続くと

 

 

 

 

 

 

 

また、ストレスがたまりますよ」

 

 


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「それで再犯したら
今度はリンチに近い目に遭うな。
例え、傷害や窃盗でも」


社長は両手を組んで
前に伸びをした。

 

熊沢は畳み掛けるように言った。

 

「だから、
うちでの出版は避けた方が良いんです。


他の
プライバシーをガチガチに守ってくれて、
アングラなテーマの本を売るのに強い出版社なら
数百万、
いえ、数千万円の印税も稼げるでしょう。


大きく広告も打てないまま、
大して手記が売れなかった場合、
自分の最後の『商品』、

『凶悪事件の加害者』

って事ですが、
Aを更なるストレスに追い込む。


大手出版社でヒットしたらしたで、
この母親が掠め取ろうとするかもしれない。


けれど
お金さえあれば
逃げ続ける事は出来る。


『社会に居場所がない』


とか
みんなよく言いますが
ウンコする時はトイレ行くでしょ。

居場所なんて
あります。


罪悪感を一生抱えて生きて行くのが贖罪かどうかは分かりません。


ただ、
被害者の家族に補償は出来る。

 

だから手記で稼ぐのは結構。

 

稼げない時は

 

 

 

 

 

 

どうなるんでしょうね」

 

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社長は
深々とため息をついた。

 

 

 

「うちでは見送ろう。
出したい所は他にもあるだろし。


ただなぁ…………」

 

「何でしょうか」

 

「どうして

『人を殺してみたい』


って思うガキが減らないんだろうな。

それこそ、
バーチャルで済ませられないのか?

写真や動画もあるのに」

 

 

「『どうして人を殺しちゃいけないの?』

という子供の質問に
Aは


『理由は分からない。
けれど、後で自分が苦しむから』


と、答えてます。


ふざけてませんか?


私は自分の子供に同じ質問されたら

『下らない事、かんがえてんじゃねえよ』

と一喝しますね。

 

自分が感じる
美味しい楽しい嬉しい、
同じ人生の喜びを
他人から勝手に奪う、
その事自体が悪い事です。

 

『ヒトの一生には価値などないのではないか?』


と考えるのは自由ですが
その人の人生に
価値を与えるかどうかは
その人自身です。


宗教やイデオロギー
人は戦ったりしますが
これも価値観の押し付け合いが行き過ぎた結果でもあります。

 

公共の道路、
例えば、
歩行者天国でウンコする人がいない。

常識だし
『やってはいけない事を、
やってはいけない』

人はどこかで学びます。


同様に
他の人の命を奪ってはいけません。


あの頃は子供だった、
それが分からなかった。

 

それなら私も理解できます。


Aはやっぱり、
どこかで分かっていないんじゃないんでしょうか。

引用が多いのは
語るべき自分や
自分の言葉がないから。

それを大きなリスクを犯して出版するのには
私は反対です」

 

 

 

社長は立ち上がった。

 

 

 

「大変、参考になったよ。

どこが出版するのか
どういう反響があるのか
あるいはないのか、
行く先を見てはみたいけどね。

 

熊沢君は
ヒトの一生に意味があると思う?」

 

 

 

小窓から差し込む西陽に照らされて
熊沢は
にっこり微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「意味なんて、ありません。

 

 

 

 

 

人生、命、

 

 


これは神からの
一回限りの賜り物です」

 

 

 

 

 

 

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ヒミズ(4) (ヤングマガジンコミックス)

 

〈終わり〉


追記・永山則夫
Aの少年審理が始まった朝、
死刑執行されました。

 

長々としたブログを
読んで頂き
本当にありがとうございます。

 

 

絶歌~9.ハウス~

熊沢は
再び旨そうに
煙草を吸った。


「ここでAの中に何が起こっていたか。


地元には少ないけれど
仲のいい友達がいた。


Aの思う

『選ばれた人間は、そうでない人間を雑に扱っても問題ないんじゃないか』

『そもそもヒトの一生には意味などないんじゃないか』


それでヒトラーの『我が闘争』を読んで
ナチスの制服、カッコイイー!


みたいな思春期の
厨二病が持つ憧れを話した。


友人は
最初は面白がって聞いていた。


ワルぶって
万引きやケンカもした。


ところがーー」


社長は右手のひらを向けて制した。


「それだけで、ああはならんだろ?」


「もちろんです。


母親から

『やれば出来る子』

と言われ続けて来たけど
成績がどんどん落ちていく。

クラスの子達が理解している数式や漢字が
自分には分からない。


仲のいい友達に
自分の空想の社会を話してばっかりいるようになる。


猫を殺している
それで性的快感を得た

と正直に話したら
距離を置かれるようになる。


学教区なので
本格的にグレる子はいない。


ちょい悪グループは
何となくバラバラになっていく。

 

クラスメートは
中2の終わりになると
どこの塾が良いか
どこの高校が良いか
そうした話だけでなく、
難しい英文章や数式の話をしている」


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「それで

『透明な存在のボク』

な訳か」

 

 

「違います」

 

 

煙草を灰皿でもみ消して
熊沢はきっぱり言った。


「『透明な存在のボク』?

『学校ではカオナシだった』?


違います。

 

Aが


『透明な存在のボク』


だと思っているので
クラスメートも教師も
それに合わせて
そのように扱っていただけです。


浮いてはいたかもしれませんが、
イジメにも遭っていない。


児童相談所は次回は精神科受診をすすめようとしていたし
学校は不登校を許可しています。


現に
中2の中頃、
学校は
Aの成績では
受かる高校がありそうにない、
と間接的婉曲的に
両親に伝えています」


「『透明』でも『カオナシ』でもなく…………『いつか何か、やらかすんじゃないか』と
周りは恐れていたのか」


「5月、
3月の通り魔事件で事情聴取したいと
警察が来ます。

母親も連れていって
別室で雑談し
母親だけ帰宅させます。


Aは帰ってこなくて
刑事が数人来ます。


淳君殺害で逮捕、ついては家宅捜索。


この時点で
両親はまさかと思っていたでしょう。


Aの部屋のタンスの奥から
刑事は
カップ酒の容器を見つけて
蓋を開いて父親に見せます」


「……………………え……………………」

 

 

 

 

 

 

「容器には
殺してから切り取った

 

 

 

 

 

 

 

 


猫の舌がびっしりと入っていました。

 

 

 


…………大丈夫ですか?社長」

 

口許に手をやって
吐きそうになるのを
やっとこらえた社長は
静かに立ち上がった。


「飲み物を持って来るよ。
熊沢君は何がいい?」

 

「ミネラルウォーターをお願いします」

 

 

 

 

ややあって、
社長はミネラルウォーターとソーダ水のボトルを持って戻って来た。


ミネラルウォーターを熊沢に差し出しながら
社長は聞いた。

 

「さっきの…………猫の…………なんだが、
Aのタンスから見つかったんだよな。
以前にAV見つけておいて
そういう物は目に入らないんだな」


「……………………あるいは知っていたのかも。
実際に、しばらくはA本当に一連の事件に関わりがあるのか
両親は疑ってましたし」


「うーん。子供が蟻を踏み殺すのと同じに考えていた、
ともとれるな」

 

ミネラルウォーターのボトルのキャップを取って
熊沢は一息に数口飲んだ。

 

 

「手記でも

『ゴキブリすら殺すのを止めるイイ子なのよ、
不景気になったから
社会が病んでるから』

 

そして医療少年院を出た時


『一生、手元に置きます』


と新聞に発言しています。


結局は
保護司と共に十年近く生活しています。


そうしなければならない理由があったにせよ、
ついてはいけない嘘を簡単につく。
しかも思いつきで。

Aの意思を無視して
マスコミのインタビューを受ける。
さらには遺族の許可も得ず手記を書く。

 

今回の出版に反対なのは
ここです」


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社長も
ソーダ水の蓋を開けた。


プシュッと空気が勢いよく吹き出す音がした。


「けれど、今はもう、いい歳だし。

もちろんAがだよ?」


「大量快楽殺人を犯す人間は
たいてい、
知的レベルに問題があるか
なくても
きちんとした教育を受けていないケースが多いです。

社会的にそこそこの地位と収入があってイケメンで、
ってのは
映画や小説の中だけです。


社会に適応出来ないストレスから
性的欲求から、
単純に好奇心で、
殺人を繰り返すうちに
統合性がどんどん失われて行き、
ついには人格が崩壊します。


治療や更正が難しいんです。

死刑にしても追い付かない。


だから快楽殺人が多いアメリカでは
『懲役350年』
というような
事実上の終身刑にするケースが増えています。


Aは仕事や住まいを転々としています。

『普通の人の普通の生活の普通の喜びが分かった』

みたいな事は書いてあります。


だったら、
今まで通り暮らしていればいいじゃないですか。


なのに、何故、手記を出すのか。


『こうでもしないと社会での自分の居場所がない』

とありましたが、
今までは普通に暮らしていたのに
どういう事でしょうか」

 

 

 


社長はソーダ水を飲んで
ポソリ
と呟いた。

 

 

 

 

 

「完治してないんだな」

 

 

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〈続く〉


 

絶歌~8.コントロール~

社長は最初は少し興奮ぎみだったが、
少しすると
腕組みをして考えるポーズになった。


「ただ…………何か腑に落ちないな。

つけ回した上級生は女子。

ハンマーやナイフで襲ったのも女子。

 

 

 

 

なのに何故、
最後の被害者は男児なんだ?

 

 


よく言われる

『ナイフや凶器がぺニスの代わり』

だとしたら」


くくくっ


と熊沢は笑った。


「それはあくまで『俗説』です。


その説が正しいなら
何故、
最近、
若い女の子が
ナタや斧で人を殺傷するような事件が起こるんだと思われます?


『女の子は非力だから』


それゆえ扱いやすい毒物や包丁を選ぶとおもわれがちですが
田舎でもない地域で斧を買ったら目立ちません?

 

 

 

 


ナタや斧を選ぶのは
非力な女子でも
一撃で殺せる武器だからですよ。


『ナイフ=ぺニス』


は短絡的な分析です。


そうですね…………例えば、
Aは
猫を殺して性的快感を得ている。


これが人間なら
もっと強い快感を得られるのではないか思ったんじゃないでしょうか」

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社長はブルッと身震いした。


「え、よく…………分からない」


熊沢は聞き返した。


「『快感』は必ずしも性的なものだけだはありません。

クタクタに疲れた時の眠りおちいる瞬間、
最高級の肉を焼いて食べる瞬間
汗をかいた日に飲むビール、


これらは
その時は性的な快感以上に快感ではないですか?」


「つまり、五感での快楽を、殺人で得ようとしていた…………?」


「ついでに、Aは被害者の血液を舐めたりしてますが
何の快感も得られなくて
がっかりしてます。


手記だけで断言するのは
危険ですが
Aは

 

 

 

 


他人の苦痛でしか悦べない
暴力を駆使している時にしか安楽を得られない

 

 

 

 

そうした種類の人間だと
どこかで気付いている」


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社長の顔色がみるみる青ざめていった。


「それって、精神医学的にはどう診断されるんだ?
暴力と性的欲求がセットになってるなら
まだ分かる。

殺す事そのものが快楽って
そんな病気があるのか?」


「病気ではないんでしょう。

ただ、ハンマーやナイフで
通りすがりに殺傷するのでは
被害者をコントロール出来ない。

あっけなく死んでしまう。


けれど

 

 

 

 

絞殺なら
自分で被害者の死をコントロール出来る可能性が増えます」


「他は、通り魔で
最後の被害者は何故」


「学校、両親、社会に対する反抗。

 


2月の上級生へのつけ回し、
2月の通り魔
3月の通り魔
そして最後の事件。


これを縦に結びつける人物は少なかったと思います。

現に
2月3月の通り魔は
よそ者のロリコンが車で来て起こした事件、
と住民は考えていました。
マスコミもそうだと報道しています。

報道自体が少な目。


世間と言う観客をどこかで欲していたAは
最後の事件を起こし
犯行声明文まで送っている。


けれど
警察は
割りと早い時期に
全ての事件を縦に繋げて
しかも
Aをマークしていました」


「え?そうなの?
テレビでは
中年男性とか
白いセダンとか黒いセダンとか
レポーターが騒いでいたけど」


「マスコミは
最後の被害者・淳君の父親が怪しい、
知的障害を持つ淳君が邪魔になったのでは

張り付いていました。


よくよく考えると
これも警察が流したミスリードかもしれません」


「それでAは止めればいいのに
第二の犯行声明文を出したのか」


熊沢は
本の山から煙草を取り出し
一本くわえて火をつけた。


すごく旨そうに一服して
続けた。


「2月の通り魔から
最後の被害者が出た後も
Aの学校では
ある噂が流れていたんです」


「犯人像とか」


「いえ。
かなりの生徒が
学年、クラス関係なく話していたそうです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


酒鬼薔薇って、Aなんじゃない?』

 

 

 

 

 


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〈続く〉


 


 

絶歌~7.ゲームの始り~

熊沢は淡々と語った。


「2月、Aと同じ中学の3年生、彩子(仮名)は」


「『(仮名)』
とか言わないで」


「自宅に帰ったある日、
誰かがしつこく玄関のドアノブを回しているのを見て戦慄します。


その数日前、
Aは新しい上靴を彩子(仮名)に踏まれています。
謝らず行ってしまった彩子(仮名)を
つけ回します」


「だーかーらー、

『(仮名)』


ての止めてえ」


「不思議に思いません?

今より少子化が進んでない中学。
生徒がわんさか、
佃煮にできるほどいるのが学校という建物。

すれ違いざま
追い越されぎわ、
ぶつかったり
ぶつかられたり。

そんなのが当たり前なのが学校。

なのに何故、彩子なのか」

 

社長は唸った後、
はっとひらめいたのか答えた。


「…………靴、なのか?」

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「前述のテッド・バンディも
逃亡中、
大量の靴下や
おパンツを買い込んでます。

理由を聞かれて


『人って
使いきれないくらいの靴下や下着を持っていたいモンじゃないの?』


と逆に聞き返しています」


「『パンツ』に『お』を付けるのも止めて。


靴や靴下ってのは
フェチを誘うアイテムだな」


「Aは
ナメクジや猫の解体で射精している。

性的快感を得ています。

彩子をどうしたかったのかは分かりません。


彩子の住む団地の階段で待ち伏せしてて
この時は友達と一緒で
すぐにAとは話さず
逃げています。


その次も団地の近くで待ち伏せされていますが、
彩子はやはり友達と一緒でした。


そして、
逃げようとしたAは

 

 

 

逆に恫喝されてます。


中3女子二人に
学年とクラスと名前を言え

と叫ばれています。


この時Aはバッグを持っていました。

多分、中身はナイフ類。


彩子と友達は
ダッシュして学校に引き返し
教師に
勢いで生徒アルバムを見せるように頼んで
Aを特定してます。


後日、事が明らかになって
Aの母親は彩子の家に謝罪に行っています。

ストーカーに近い行為なのと
彩子にはほとんど落ち度がないし
しかも、A一人での行為。
さすがに謝るしかなかったのでしょう」


「…………最初の被害者は小学生の女の子ではなく…………」


熊沢は答えない。


社長が言葉を繋いだ。


「Aは
彩子(仮名)の一件で


『学習』

 

したんだな?


『失敗を次に生かした』


んだな?


次はもっと弱い、小学生の女の子をターゲットに選んで」


「その後の、やはり2月中に
小学生の女の子が
ショックハンマーで殴られています。


これは幸いにも死亡に至らずに済んでいます。


3月には
八角玄能という道具で
次にはクリ刀で」


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熊沢は表情を作ると
中学生っぽくみえるようにだろう、
訥々と話した。

 

 

「ボクって変なんだろうか。


友達とAV見てて
友達はギンギンに興奮してたのに
ボクにはただの風景にしか見えない。


ナメクジや猫を殺した時は
射精したのに。


猫も飽きてきた。


あ、あの女子はいい。


やってみよう。


ダメだ。
強過ぎる。

たった一学年ちがうだけなのに
歯が立たない。

母親にもバレて恥をかいた。


もっと弱い小さい子にしよう。


ショックレスハンマーだとダメだ。
もっと強い武器でないと。


やった!

今度は成功した!

次はもっと派手な
そう、ナイフが良い。


これも成功だ!


あー、でも人を殺したから
捕まったらボク、
死刑になるんかなぁ。


その時のために
仕掛けを今からこしらえておこう。


頭がおかしいとか
二重人格とか
セーシンカンテーされるように。

そしたら死刑にはならないって
本に書いてあったし。


想像の変な思想、
架空の神様を
ノートに書いておこう。


信じてないよ、こんなん。


オカンは

『いい学校出て
いい会社に入らないとお父さんみたいになる』

って言うけど、
あの大きな地震阪神淡路震災で

『いい会社の人』

は社屋倒れてて途方にくれてたし、

『いい学校出てる人達』

が地下鉄でサリン撒いたりして人をたくさん殺してた。


『絶対、安心』


なんか
この世にない。

人間が簡単に壊れるように。


ああ、でも、
小学生の女の子はダメだな。

簡単に壊れてしまい過ぎる。


もっと時間をかけて楽しんで
その後もいろいろ弄りたい。


すごいな。


ボクが他人の『死』をコントロール出来るなんて。


ああ、あの子にしよう。


男の子だけどーー」

 

 

社長が右手の平を前に出して遮った。


「やめてぇ。怖いぃ」


熊沢は答えた。

 

 

「怪物を観察する時は気を付けよ。

深淵を覗く時、
深淵もまた、自分を見ている」

 

 


当時、流行ったニーチェの言葉だった。


FBI心理分析官―異常殺人者たちの素顔に迫る衝撃の手記 (ハヤカワ文庫NF)

FBI心理分析官―異常殺人者たちの素顔に迫る衝撃の手記 (ハヤカワ文庫NF)

 

〈続く〉


 

絶歌~6.黒い羊の定理~

熊沢は
社長の質問には直接答えず
再び話をずらした。


「手記の父親パートですが

『……でした』
『……がありました』

と朴訥と言うか
言葉での表現が苦手な方です。

家庭では妙に影が薄いんですが」


「『男や父親としての
ロールモデルにならない』

とかゆーやつね」


「社長、


『黒い羊の定理』


をご存知ですか?」


「いいや」

 

「イジメの原因にもなる心理です。

例えば
ケースとしては少ないですが、
社会的地位の高い両親の子供のうち
両親の反社会的な事に対する願望を
子供が悟って
両親の深層心理そのままに
反社会的な人間に育つ。


そこまで行かなくても
女児の場合、
圧倒的に過食症拒食症リストカットが多いんですが、
こうした精神というより『心の病』を抱えた子供は
たいてい長女です」


「それも『親の願望』な訳?」


「こうした病気の子供の両親は
たいてい不仲で
父親はAのみたいに影が薄いかDVだったりします。

考えてみても下さい。


『お母さんはあなた達のために我慢しているのよ』

『将来はお父さんみたいになっちゃダメよ』


と毎日のように言われたら?

長男長女はたいていが『いい子』でい、ようとしています。
そうした親の確執を敏感にすくってしまっていたら?」


「あああああああっ‼


母親って
そういう事をするんだよな。


それって

『あんた達子供がいるせいで
ワタシは幸せになれない』


と同義だよ!


そりゃ、子供も
メシ食わなくなったり
リスカするようになる。


父親にもいるけどさ、
リカちゃんハウスでお人形ごっこ


してりゃいいのに」


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「そうです。
女性はお姫様になりたい。
結婚したらなれると思っていたのに
あっさり裏切られる。

生活やお金が自分を所帯臭い『ただのオバハン』にしていく。

息子が産まれた!

この子は特別。


この子を『理想の男』に育てよう!

 

これが大概のアホな母親の心理ですね。


Aの母親は
それをさらに斜め上を行く


万引きや傷害は
思春期の男子によくある事ですから!


で済まそうとしていた。


床下から斧が出て来たけど
金物屋に売ったし」


「…………………………………………『斧』?」


「タンスからAV出て来たけど、
お父さんと一緒に見るならいい
と言ったし」


「………………………………………………………………普通、
父子で見る?」


「子供を三人産んでるって事は

 

 

最低、三回はスケベの結果

 

 

なんですが
女親のこうした
性に対する気持ち悪さが何とも」


「……………………僕の母親は
ベッドの下に隠しておいたエロ本、
発行年月日順に並べ替えてくれてたよ」


「社長のお母様も
社長が思春期を向かえて
子離れなさったんでしょう。

 

 

Aの奇行は単なる個性。


そして
淳君が失踪する。


学教区なんで
地域の結束は固い。


淳君の家に上がり込んで


『進展がないわ~。
あ~退屈~』


 

 


たまごっちで遊ぶ。

 

 


公開捜査を警察から進められて
親戚が来る。


追い出された母親は
他の家に上がり込んで
ない事ない事を話す。


息子が不登校になってるのは

『本人の意思で能動的に学校をボイコットしてるだけ』。


成績は…………んー、進学校は無理と言われた。

でも息子は絵が好きだし。

そうした方面に個性を伸ばせばーー」


「待て。


何なんだ?


『中卒で入れて
将来、自活出来る絵の学校』


って。


映画館の看板や
銭湯の壁の富士山は
きちんとしたルートが存在するのに」


「しかも
それをAに言う。

あんたはやれば出来る子だから。

今は本気出してないだけだから。

 

何かが
ストレスと一緒に溜まっていく。


1滴、1滴と。


そう言えば、
2月に三年生の女の子に……まあ、実害なかったし、
興味の出る年頃だし。


問題を直視しなければ
厄災はふりかからない」

 

「へ?
何?
2月の何だって?」


熊沢は
夥しい新聞や雑誌のコピーから
何枚か抜き取り、
社長に投げて寄越した。

 

「『最初の被害者』です」

 

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想い出のリカちゃん (らんぷの本)

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〈続く〉

 

 

絶歌~5.我が子をモンスターにするには~

熊沢は冷淡な口調で言った。


「『少年A』、
面倒くさいですから、Aで通します。

その両親の手記は読まれたとおっしゃいましたね」


「ああ。
まあ、フツーに『加害者の親の手記』
としか感じなかったけど」


「それが当たり前の反応だと思います。

ただ、
当時のAの通う学校の教師や
児童相談所の感じたAとは
齟齬があるんです。


私は
両親の、特に母親のパートを読んでて
私はすっごい違和感を持ったんです。


Aが小学校高学年になってから
チョイ悪の仲間と
万引きや
ちょっとした傷害を度々起こすようになってます。


その度に
いわゆる『触法少年』として指導が入る訳ですが
母親は
全部、

 

『万引きは、悪い友達にそそのかされたせいです!』


『傷害は男の子だから!』


『奇行は、えーと、世の中が病んでるからっ!』


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全部、息子のせいじゃないのよ、って感じだったそうです」

 

社長は何かひっかかったのか
怒りを露にして言った。


「まあ、分かるよ。
母親と息子って
独特の絆みたいなモンがあるし。

ましてや長男だろ?


なんつーの、
『特別』
なんだろ。

それで、世の中から囲って大切に大切に育てなくちゃ、
道行く障害は全部排除してあげて、
一生、ワタシが近くにいてあげなくちゃ……………………って、

 

 


どぉりゃああああああっ‼

 

 

猫でも飼えよっ‼

 

 

 

と言いたくなるダメ母だろ。

 

 


あ、猫飼うと
Aが殺すからダメか」

 


「…………社長。
お母様となんぞ、確執が」


「たいていの男は
母親って存在に辟易してんのっ!

そんで母親が実は世間知らずだって
どっかの段階で知って、
テキトーにあしらうようになるのっ!


だから全部が人殺しになる訳じゃなくっ‼


……………はあはあ……………………それで?」

 

 

 

「……………………心中、お察しします。


児童相談所のカウンセラーは
何回かの面談の後、
精神科受診をすすめて、
精神科でも専門的な
小児精神科や思春期外来なんかをすすめて
つまり、児童相談所から移そうとしてたんですが、
この母親、

 

 

 

 


子供と児童相談所に通ってるのに

 

 

 

何か変な余裕があるんですよね」


「変な、と言うと」


「美容院行って半日かけてパーマかけててたり、
A本人は不登校なのにPTAで仕切ってたり、
手記の冒頭を見て下さい。

母親の結婚式の写真を見て
ウェディングドレス姿の母親をスケッチして
それを母親にプレゼント、
母親は大喜びでーー私には


『目についた物をテキトーに書いて渡した』

だけのようにも見えるんですが」


「んー。下手なスケッチだなぁ」


児童相談所のIQ診断で
70から75と出て、
母親は普通だったと大喜びしてます。

検査の精度にもよりますが…………アメリカの一部の州では
IQ70以下は死刑にならないってのをご存知ですか?」


「つまり、ボーダーのラインだな。
この当時の親はどこからがボーダーかは知らなかっただろう。

僕も70あれば正常って
昔聞いた覚えがある」


「それだけでなく、
直観像素質という物を持ってます。

文字を形で覚えでいたりするんですが、
漢字の読めない小さい子供が
電車を乗り継いで遠くへ行けたりするのなんか
わかりやすいケースです。

この素質を持っている子供は少なくないんですが、
大人になると消失する事がほとんど、
とも言われています。


さっき、
『性的衝動と破壊衝動は脳の中で近い位置にある』
って話をしましたが、
これも男子には少なくないケースです。

けれど、やっぱり、成長するにつれて
分けて考えるようになります」


「…………その、なんつーの、

『思春期には正常か普通になる物が
Aには遅かった』

っての?」


「手記の文章や
当時有名になった犯行声明文ですが
わりあい、しっかりした文章ですよね」


「…………………なあ、
話を変えて悪いけど…………IQって
後天的に伸ばせるのか?

治療とかカウンセリングとかで。

少しでも上げられる物なのかな」


社長は何を思ったのか
少し控えめに聞いてきた。


熊沢は答えた。


「社会経験値、みたいな物は伸ばせます。
記憶力が少々弱くても
買い物や電話が出来る、
それにまつわるルールが理解出来ていれば
社会生活には問題がない訳ですから」


「いろいろな問題が未分化なAを
母親がたっぷり水をやり過ぎて植物枯らすように、
スポイルしてダメにした、と?」


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熊沢は少し上を向いて考えるポーズを取ると
答えた。

「その側面は否定出来ませんが、
さっき社長がおっしゃいましたよね。

『ある日、母親が世間知らずだと気付いて、
男の子は内心、
それをバカにしつつ、
勝手に精神的に自立していく』


Aの中ではどうだったのかは知りようもありませんが」

 

社長はさっきより
もっと言いにくそうに
肩をすぼめて
背中を丸くして聞いた。


「あのさ、これって、
その、
本人だけじゃなく
いろんな方面から叱られる可能性があるけど

 

 

 

 

 

 

 

 


Aの母親

 

 

 

 

 

 

こそが
ボーダーラインケース

 

 

 

なんじゃないの?」


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知的障害のことがよくわかる本 (健康ライブラリーイラスト版)

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知的障害・発達障害のある人への合理的配慮

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〈続く〉