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ネジ巻き事件簿

精神的肉体的社会的側面から見た事件史。

市原両親殺人事件~5.何故して死刑になったのか?~

今度は胃痛で、あ痛たたたた。

千葉県某所より、おこんばんは。

混迷の時代は置いておいて
規律が幅をきかせる時代になってからの有名な「両親殺人事件」は、やっぱり米国のリジー・ボーデンです。

アイスクリームとは関係ありません(多分)。

父親と継母が斧で惨殺されて捕まりますが
裁判では状況証拠しかなく
鑑識能力も現代とは違います。
で、裁判ですが、モメにモメて
無罪になっています。

が、それを信じている人は少なかったようです。

後にマザーグースの唄にもなってます。

リジー・ボーデン斧を取り
母を40回 滅多打ち
自分のした結果に気がついて
父を41回 滅多打ち

無罪になった要因の1つには
「非力な女性が二人も斧で、こんなに無双状態で惨殺出来るのか?」
がありました。

確かに、アスリートでも、ちょっとなぁ
と躊躇する殺害の仕方ですが
斧って意外と女性が使うんですよね。

殺傷能力高いから。

ここで裁判がグダグダになっていったのですが。

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リジーさん。

さて本題
「市原両親殺人事件」
です。

「疑わしきは罰せず」
と言いますが、実際に冤罪か累犯者かの見極めは、司法のプロである弁護士・検察・裁判官でも、かなり難しいです。

凶器も血染めの衣類も見つかった、アリバイもない、動機はある
と有罪を求刑する検察
状況証拠でしかない、目撃情報もない
と無実を訴える弁護団

調べましたが、近親者を殺害して死刑になった判例は割りと少ないです。
それはそうです。

被告が厳罰に処されても、誰も幸せにならないからです。

そして、息子・Sの年齢を考えても
突発的な出来事であって強盗目的などではない事
前科もない事
同時期の近親者殺人事件での判決を見比べても
死刑はどう考えても重すぎます。

ただ不可解なのは
息子・Sは6000ページにわたる申述書を最高裁に提出してます。

600ページじゃないですよ。

ろくせんぺーじですよ(留置所の中って暇だろうしなぁ)。

件の「父親は母親が殺した。母親は第三者が殺した。自分は無罪」な内容です。
それと、この日あった親子での会話は知られたくない、
マスコミや他の家族に知られる事がない形で
司法や警察関連の人間だけに見て欲しい」
というような事が書かれてあるそうです。

これは「無茶ブリ」としか言いようがありません。

仮に再審となったら、アレもコレも洗いざい言ったり言わなかったりするのが裁判というモノ。

それに、逆にその方が有利になるかもしれません。

小説の「蛇淫」では
恋人を淫乱呼ばわりされてカッとなったのが動機です。
現実には何だったのか。

ずっと風俗嬢との交際をクドクドと非難され受け流して来た中で
あったとすれば何だろう
と私は考えました。

彼女への侮蔑ではないような気がします。
あくまでも私の妄想です。
それまで何を言われても馬耳東風だったのが激昂する内容。


うーんうーん(苦悩中)。


あ、そうだ。きっと
「彼女への侮蔑や中傷」
じゃない。


男のプライドを計りにかけた内容。


「お前は本気で『レンアイ』していると思っているつもりだろうけど
向こうは『プロ』なんだぞ。
現に、アパート借りてやっても
風俗も辞めないし、ヒモとも別れないじゃないか。
『金づる』にされてるのが、まだ分からないのか」


私なら、これでキレます。

仕事も金も与えられて、ぬくぬくと守られた生活。
普通は、そんなに彼女が好きなら二人でどこかへ行けばいい。
けれど、生活の基盤というか、そうした物を手放さないで済ませたい。

邪魔なのは両親だけ。


何か、「戦争を知らない子供たち」の世代以降、こんな風に
「自分は変わらず、周りの環境には自分の都合の良いように変わって欲しい」
って人が増えました。

裁判はグダグダになる事なく
割りとあっさり終わりました。

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陪審員の「疑わしきは罰せず」の風景。


判決文なんですが
すごい事になってます。

森炎氏(元裁判官)も触れていますが
ヘンに文学的な所が何ヵ所もあります。

「両親の霊に対する一毫の自責の念をも示さず」

とか。

判決文を読む限り見えて来るのは

「一度自白したのに、公判では翻して
『第三者がやった』
と責任転嫁して、しかもその第三者を言わず、事件を直視してないし
家庭内の問題ではあるけど、親として当たり前の心配だし
なのに、両親ともに執拗に刺されて残虐で
社会に与える影響も考えると
死刑が妥当」

要約ですが、ホントに判決文って
こんな風にセンテンスが長いんです。

そして死刑の判決文によく出てくる
「更正の見込み」
については触れられていません。
私が読む限りでは
ぶっちゃけ


無罪を主張したから死刑にする


という判決文です。


とは言え、息子・Sの言う『第三者』を
どうして頑なに話さないんでしょうか。

事件を起こした自分を直視したくない
この事件が最近なら

「自分の中に住む、もう一人の別の人格が」

と言い出しそうです。

その「第三者」に脅されてるんでしょうか。
なら、何故、無罪放免を勝ち得ようとするのでしょうか?

そして息子・Sは
「自分は映画の『青春の殺人者』ではない」
と言っています。


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もう1つの陪審員の風景。

現実はどうだったのでしょうか。



いつも読んで下さってありがとうございます。

次回は「マイ・ホームタウンを殺したい」です。