ネジ巻き事件簿

精神的肉体的社会的側面から見た事件史。

絶歌~9.ハウス~

熊沢は
再び旨そうに
煙草を吸った。


「ここでAの中に何が起こっていたか。


地元には少ないけれど
仲のいい友達がいた。


Aの思う

『選ばれた人間は、そうでない人間を雑に扱っても問題ないんじゃないか』

『そもそもヒトの一生には意味などないんじゃないか』


それでヒトラーの『我が闘争』を読んで
ナチスの制服、カッコイイー!


みたいな思春期の
厨二病が持つ憧れを話した。


友人は
最初は面白がって聞いていた。


ワルぶって
万引きやケンカもした。


ところがーー」


社長は右手のひらを向けて制した。


「それだけで、ああはならんだろ?」


「もちろんです。


母親から

『やれば出来る子』

と言われ続けて来たけど
成績がどんどん落ちていく。

クラスの子達が理解している数式や漢字が
自分には分からない。


仲のいい友達に
自分の空想の社会を話してばっかりいるようになる。


猫を殺している
それで性的快感を得た

と正直に話したら
距離を置かれるようになる。


学教区なので
本格的にグレる子はいない。


ちょい悪グループは
何となくバラバラになっていく。

 

クラスメートは
中2の終わりになると
どこの塾が良いか
どこの高校が良いか
そうした話だけでなく、
難しい英文章や数式の話をしている」


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「それで

『透明な存在のボク』

な訳か」

 

 

「違います」

 

 

煙草を灰皿でもみ消して
熊沢はきっぱり言った。


「『透明な存在のボク』?

『学校ではカオナシだった』?


違います。

 

Aが


『透明な存在のボク』


だと思っているので
クラスメートも教師も
それに合わせて
そのように扱っていただけです。


浮いてはいたかもしれませんが、
イジメにも遭っていない。


児童相談所は次回は精神科受診をすすめようとしていたし
学校は不登校を許可しています。


現に
中2の中頃、
学校は
Aの成績では
受かる高校がありそうにない、
と間接的婉曲的に
両親に伝えています」


「『透明』でも『カオナシ』でもなく…………『いつか何か、やらかすんじゃないか』と
周りは恐れていたのか」


「5月、
3月の通り魔事件で事情聴取したいと
警察が来ます。

母親も連れていって
別室で雑談し
母親だけ帰宅させます。


Aは帰ってこなくて
刑事が数人来ます。


淳君殺害で逮捕、ついては家宅捜索。


この時点で
両親はまさかと思っていたでしょう。


Aの部屋のタンスの奥から
刑事は
カップ酒の容器を見つけて
蓋を開いて父親に見せます」


「……………………え……………………」

 

 

 

 

 

 

「容器には
殺してから切り取った

 

 

 

 

 

 

 

 


猫の舌がびっしりと入っていました。

 

 

 


…………大丈夫ですか?社長」

 

口許に手をやって
吐きそうになるのを
やっとこらえた社長は
静かに立ち上がった。


「飲み物を持って来るよ。
熊沢君は何がいい?」

 

「ミネラルウォーターをお願いします」

 

 

 

 

ややあって、
社長はミネラルウォーターとソーダ水のボトルを持って戻って来た。


ミネラルウォーターを熊沢に差し出しながら
社長は聞いた。

 

「さっきの…………猫の…………なんだが、
Aのタンスから見つかったんだよな。
以前にAV見つけておいて
そういう物は目に入らないんだな」


「……………………あるいは知っていたのかも。
実際に、しばらくはA本当に一連の事件に関わりがあるのか
両親は疑ってましたし」


「うーん。子供が蟻を踏み殺すのと同じに考えていた、
ともとれるな」

 

ミネラルウォーターのボトルのキャップを取って
熊沢は一息に数口飲んだ。

 

 

「手記でも

『ゴキブリすら殺すのを止めるイイ子なのよ、
不景気になったから
社会が病んでるから』

 

そして医療少年院を出た時


『一生、手元に置きます』


と新聞に発言しています。


結局は
保護司と共に十年近く生活しています。


そうしなければならない理由があったにせよ、
ついてはいけない嘘を簡単につく。
しかも思いつきで。

Aの意思を無視して
マスコミのインタビューを受ける。
さらには遺族の許可も得ず手記を書く。

 

今回の出版に反対なのは
ここです」


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社長も
ソーダ水の蓋を開けた。


プシュッと空気が勢いよく吹き出す音がした。


「けれど、今はもう、いい歳だし。

もちろんAがだよ?」


「大量快楽殺人を犯す人間は
たいてい、
知的レベルに問題があるか
なくても
きちんとした教育を受けていないケースが多いです。

社会的にそこそこの地位と収入があってイケメンで、
ってのは
映画や小説の中だけです。


社会に適応出来ないストレスから
性的欲求から、
単純に好奇心で、
殺人を繰り返すうちに
統合性がどんどん失われて行き、
ついには人格が崩壊します。


治療や更正が難しいんです。

死刑にしても追い付かない。


だから快楽殺人が多いアメリカでは
『懲役350年』
というような
事実上の終身刑にするケースが増えています。


Aは仕事や住まいを転々としています。

『普通の人の普通の生活の普通の喜びが分かった』

みたいな事は書いてあります。


だったら、
今まで通り暮らしていればいいじゃないですか。


なのに、何故、手記を出すのか。


『こうでもしないと社会での自分の居場所がない』

とありましたが、
今までは普通に暮らしていたのに
どういう事でしょうか」

 

 

 


社長はソーダ水を飲んで
ポソリ
と呟いた。

 

 

 

 

 

「完治してないんだな」

 

 

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〈続く〉