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ネジ巻き事件簿

精神的肉体的社会的側面から見た事件史。

絶歌~4.殺人ボランティア~

 

「その可能性」を全く持ってなかったのだろう。


少し青ざめ、
唇を震わせて言った。


「もしや…………代理人がか?」


熊沢は相変わらず、無表情で答えた。


「それは分かりません。
けれど、
社長もこの手記を読まれましたよね?

違和感があるんです。


『事件に至るまでのボク』


ひじょうにありふれた表現で
かつ、
村上春樹の引用やら引用やら引用やら、
引用が多いです。


なのに

 

 

 

 

 

小動物虐待や事件、
遺体損壊の描写は

 

 

 

 

 

 

 

胸糞が悪くなるほど細かい。

 

 

 

生き生きとして書いてるようにも思えます。


事件以外の『ボク』の描写が平凡に思えるくらい」

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社長は言いにくそうに言った。

 

「事件に関する全ての事柄を
アウトラインだけ書いて
もしくは口述して…………」


熊沢が続けた。

 

 

 

ゴーストライターが盛って、
それっぽい、
つまり『手記っぽい』文章を書いた可能性が高いです。

しかも、
あんまり、こなれてない
つまり、
小説を書いた事がない、けれど文章書く事が多い仕事、
事件記者かフリーランスのライターの文章だと思います。

『唾棄すべき』『おぞましい行為』『あの日ボクは』

という幼稚な表現が多いわりに
構成はしっかりしてます。


『ボク』『少年A』

は中卒で
ずっと日雇いの仕事を転々としてます。

本はたくさん読んでるかもしれませんが、
彼の後の精神科診断もろもろ、
自分を語る事が苦手な『ボク』が書いたにしては
ちぐはくな印象を受けます」


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社長は再びため息をついた。


「…………本人にしか分かり得ない部分も多いけど…………そうなると、
ちょっと、ややこしい事になるな。
版権やら何やら」


熊沢はぴしゃりと言った。


「もっと困る事が起こりますよ」


「それは?」


「社長、受け止めて下さい」


「君をかい?」


「違げぇーよ、でございます。
ちょっと失礼!」

 

 


本の山から
一冊の文庫本がオーバースローで飛んで来た。


「うぉっ!」


「ナイスキャッチ」


見ると
「少年A」
の両親が
数年前に出した手記だ。

 

「これは読んだけど」


熊沢はさらに
ハードカバーを投げて来た。


「うわっ!危ないよっ!
ハードカバーはやめてっ!危ないってばっ!」


と言いつつ受け止めると
こっちは洋書だった。


「テッド・バンディはご存知ですよね?」


「さすがに」


ヒッピー・ムーブメントに湧くアメリカ、
70年代を中心に
30人以上の女性を犯して殺してまわった人物だ。

 

「テッド・バンディは
今でもアメリカ人が望む『好青年』でした。

で、学生時代
いのちの電話
のアメリカ版で
今で言う有償ボランティアをやってたんです」


「そうなの?普通に偉いな」

「その本は当時、
一緒に働いていた女性の手記です。


ーー電話も一段落した夜中、
テッドは
夜食のコーヒーとドーナツを片手に
椅子の背を前にして座ると
わたしの方を見た」


「え?この女性もヤバい目に遭いそうになったとか、
そーゆー話?」


「話の腰に逆エビ固めをかけないで下さい。

この同僚だった女性は
当時テッドより
かなり年上で
不倫の恋に悩んでいました。

 

ーーテッドは聞いた。

『それでーーあなたは、その男性と結婚するの?』

わたしはヤケクソ気味に答えた。

『先の事は分からないわ。
自分がどうしたいのかも分からないし』

テッドは
じっと黙ったまま、
慈愛に満ちた瞳でわたしを見ていた。

が、一言、言った。


『幸せになる事を恐れていては、いけないと思う』」

 

 


「ヲイ」


「何ですか?」


「そこだけ読むと

 

 


めっちゃ良いヤツじゃないかっ。

 

 


連続大量レイプ殺人魔が
夜中の学費稼ぎのバイト先でも
そんな好青年の演技してたのか。
それとも
アメリカって国や人に
そんだけパワーあんのか?」


「そうかもしれないし、
元々は好青年だったのかもしれません。

しかし、
テッド・バンディは
女性を犯して殺さないとーー逆の時もありましたが、
快感が得られない人種です。

 

 

 

 

変質者

 

 

 

な訳です。


よく言われますが
脳のつくりです。

男性の
性的衝動を司る部分は
破壊衝動を司る部分と近い部位にあると言われています。

もちろん、女性にもそうした人はいますが」


「で、何故にテッド・バンディなんだ」


「人を殺したら
たいていの人間は
一時的でも
精神が不安定になります。

それを数十人。


恨みや怒りでの場合は
先に精神が不安定になってますが、
これは別です。


仁義や面子の場合も別です。

戦争の場合、
もう日常が壊れていますので
これも分けて考えて下さい。


快楽殺人の場合です。

 

普段は我慢している性衝動が爆発すると
もうコントロールできない。


そんな生活が何年も続いたら
これは精神科用語ですが

 

 


人格の荒廃を招きます。


げんに
テッド・バンディは
最初の頃は
自分をフッた元・恋人に似た女性ばかり狙っています。
が、
途中から
外見も年齢もお構い無しになっていきます。

逮捕された後も
脱獄したり、
自分で自分の弁護士をしたり
行動が無秩序になっていきます。

人を殺したら
快楽殺人の場合、
その人間は
自身が壊れる可能性が高いんです。


逆に

 

 

 


すでに壊れているかもしれませんが」

 

 


社長は「テッド・バンディの元・同僚」の手記は
本の山の上に
(「今日の料理」の上に)
本の山が崩れないよう、そっと置いた。


「それでーー酒鬼薔薇の手記をーー出版しないにしても
どう他の幹部を説得すればいい?」


「『少年A』の両親の手記だけでなく、
当時のマスコミや警察の広報を読みました。


キーは

 

 

母親

 

 

 

です。

 

 

 


この母親こそが

 

 

 

 


子供を殺す親です。

 

そして手記を出したくない理由です」


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テッド・バンディ―「アメリカの模範青年」の血塗られた闇 (上)

テッド・バンディ―「アメリカの模範青年」の血塗られた闇 (上)


テッド・バンディ―「アメリカの模範青年」の血塗られた闇 (下)

テッド・バンディ―「アメリカの模範青年」の血塗られた闇 (下)

 

〈続く〉