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ネジ巻き事件簿

精神的肉体的社会的側面から見た事件史。

絶歌~3.○○を持った渡り鳥~

社長はため息をついた。


確かに「未成年者の凶悪犯罪」だった。


当時19才の永山則夫はピストルで四人の人間を殺傷している。

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「拳銃での犯罪、
ってのは
今でもレアなケースですね」


熊沢は眉1つ動かさずに言った。


「北海道でネグレクトに近い育て方をされ、
中卒後、集団就職で上京。
いろいろあって事件を起こし
裁判では
取り寄せた洋書の一文を
英語で長々話す。
裁判の心証はサイアク。

死刑の判決が出てから
獄中から作品を発表。

高い評価を受けたが
日本文藝会の重鎮が入会を拒否。

この判断に怒ったら筒井康隆他の若い作家が
集団で退会する騒ぎにーー」


「……いや、もういい。
知ってるよ。

『木橋』
は僕も読んだ。

日本文藝会の騒ぎは
その、
永山の件は口実で
実際は
若い作家達は年寄りの会長達を良く思ってなかったんじゃないかな。

ほら、そうしたペンクラブなんかは
本来、他の利害から作家を守るためのもんだ。

いきなりテレビのディレクターが自宅に電話かけてきて、

『先生、今月発表された作品なんですけど、
二時間ドラマにさせてもらえませんか!?
刑事二人は
三國連太郎と佐藤宏一の親子対決でっ!!』


まくしたてて
幾ら払うか、どの程度いじるか
その時は言わない。

そういう後々のトラブルを防ぐための」


熊沢が初めて感心した。


「詳しいですね、社長」


「それにアメリカほどじゃないけど、
この当時、
狩猟のためのライフル所持なんかは今よりザルで
ライフル使った犯罪が多かったし。

ポルノの方じゃない日活の映画や
大藪春彦のバイオレンス小説の影響か
そもそも男は銃が好きなのか、
僕が中学生の頃は
モデルガンがブームだった」


「永山に
拘置所で何があったのか」


「気付いたんだろう。

今で言う

『社会格差』

ってやつに」


熊沢は
プリントアウトされた例の手記の一部を掲げて聞いた。


「この手記に
永山則夫のような文学的悲哀や
文学的価値があるとーー」

 

 

 

 

 

「ない」

 

 

 

 

「…………」


「……………………」

 

 


質問を遮られて
熊沢の唇が少し開いている。


その唇が叫んだ。

 

「何で二人して
一刀両断してるんですかっ!!

それで
しかも文学的価値がないと分かってる物を
どうして出版しようかすまいか
悩んでらっしゃるんですかっ!!」

 

社長は困ったように答えた。


「文学的価値なんか期待してないよ。
模倣犯
若いネットユーザーの中には
酒鬼薔薇を神格化してるヤツがいるからさ。

こいつもフツーの人間

って分かれば
少しは社会的意義があるかと思ったんだよね」


熊沢は真剣な表情で言った。


「話を変えますが
これは手記の一部ですよね?

あちこちに持ち込んで
もし万が一、
誰かがこっそりコピー取って
アングラ出版で発表されたらーーそうしたリスクを考えなかったんでしょうか?」


「だから、全文じゃなく一部にしたんじゃないの?」


「じゃあ、社長が酒鬼薔薇
手記の一部を出版社に持ち込んで
勝手に発表されたらどうします?

『あの酒鬼薔薇の手記の一部を入手!』


こっちは超有名な事件の加害者。

しかも身バレを避けて
ひっそり暮らしてる。

著作権違反で裁判なんか起こさないだろうと
狡猾に考えるエディターがいたら?」


「嫌な仮定だなぁ。
まずは
当たり障りのない部分だけを渡すか、
それでも先行出版されたら
思いきって新しいのを…………あっ!?


いや、まさか」


熊沢はコピー紙をバサバサ鳴らして言った。

 

 

 

 

「これって本当に

 

 

 

 

酒鬼薔薇が書いた手記なんですかね?」


木橋 (河出文庫)

木橋 (河出文庫)


〈続く〉